2013.06.23 Sunday
紙を刻む。


傍目には、どう考えても資源をムダにしている風にしか見えないだろうけれど、これも我らにとっては大事なしごと。
うーむ、うーむと悩みながら、ざくざく紙を切りまくる。
あたらしいかたち、とはなんぞや。
ただいま、ニュウプロダクトの試作の試作中。
うまく出来たら、ぜったい可愛くなるはずだ!と信じて、
えんえん紙を刻み続ける。
ちなみに、信じてるのは頭ではなく、手。
自由にしてやると、手はどこまでも動いていく。
不自由なのはあたまのほうなのだなあと思ったりする。

紙は、ほんとうはさらの紙のままでじゅうぶん便利でウツクシイので、
余計なことをしないほうがいいのだが、
余計なことをしてしまうのが性というものか。
余計なことをしてしまうぶん、ちゃんといいものに変身させますんで
余計に紙を刻むのをもうすこし許して欲しい。


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2013.06.20 Thursday
桑の木、桑の実。



庭で1番大きく葉を広げている背高のっぽの樹。
引っ越して来た当初は何の樹だろうと思っていたけれど、
親切なお隣さんによって、「桑の樹」であることが判明。
そうか、たしかにここは桑の園、と書く「桑園(そうえん)」という地域名だった!
なんでも、開拓時代に庄内藩士族156名の方たちが、
桑苗4万株を植裁したのだそうで。
桑を育てる=蚕を育てて糸を紡いでいたのだろうと想像します。
その名残で縫製工場やアパレルの会社がそこここにあるのかな。

北海道って歴史を遡っても、140年そこそこの新しい土地なので、
だいたいは全国のいろんな土地の人々によって開かれていったわけで、
実は我ら道民の祖先は元を辿るとだいたい道外にあったりします。
だから、故郷、地元とは呼びつつも、この土地から生えてきたぞ、、という
土地との深いつながりを重んじる価値観は実はほとんど無く、
ニューランドをシェアさせてもらってます、、とでも言ったらいいか、
みんなでこの広大な新しい土地に乗っかって生きている、
仮住まいしてる、という気分がずっとあります。
1度外に出て、戻って来たから、の感覚でしょうか。
1本の樹から、ずいぶんと話大きくなってますが。

本来、誰のものでもない土地だった、、と考えると、
「土地所有」とか「賃貸」っていう制度って一体なんなのだろうなー。
先に来た人が適当に決めて、誰かの都合で適当に分割していったんじゃないのー
と思うにつけ、何かをがっつりねっちり所有しようという意欲は低下していく。
今目の前に、できることがあって、交換したりできて、
そのへんのものとか借りた土地で何かを育てて食べられたらじゅうぶんという気も。
荷物も心も軽く軽く。
なんでもかんでも所有しよう、なんて気持ちは持たずに、
人のつながりと身の周りにあるものでどうにかこうにかやっていく智恵を身につけて、
いつでもどこへでも旅立てるようでありたいなあ、とも思う。









2013.06.12 Wednesday
庭7割





やっとこ冬が終わり、肌寒い春を越えて、
心待ちにしていた庭仕事ができるシーズン到来です。
ああ、寒い春だった。ほんとに春だったのかしら。
いやいや、これからやっと嬉しい夏、
気持ちのよいシーズンがやってくるのだから、
寒かった記憶は置いておいて、エイヤーと気合い十分でこれからを楽しまねば。


さて。
いまのdrop一家の住まいは、築うんじゅうねん、の中途半端な古さの、
これまた中途半端に豪華で広い(暖炉があるからくり屋敷的9LDK)一軒家なのですが、
ここを借りることにした1番の決め手は庭、でした。
決め手の詳細は庭7割、家本体2割、のこる1割が車庫付きだったことによります。

以前の住まいは、北海道の気候が配慮された断熱性抜群のマンション。
収納もたっぷりで、電車、地下鉄ともにアクセスがよいことから、
小さな子のいるファミリー世帯としてはもう少し長く居てもよかったはずが、
なぜかいわくがいっぱいついたボロ家に好き好んで越してしまったのでした。
(いま考えても、ばかだった、、、ような、、、ああ)
家に関しては一冬だけでも、いろいろ大変な目にあってへとへとになりましたが、
雪がとけて、顔をみせはじめた庭は、
もうもうに草が伸びて、剪定されず荒れた庭だった引越前の状態から比べると、
昨年実家の両親を巻き込んで手入れをはじめたおかげで、
今年ずいぶんイキイキして見えます。

内見の時の写真を見ると、木や草が覆い茂りすぎて玄関まで行くのに、
鎌を持っていかないと入れない、、とかいう状態だったのが、
どこに何が生えているか、ちゃんと把握できるようになり、
去年思い切って間引いたおかげで、あらたに芽吹いてきた植物もいくつか。
そして、先住植物たちのはしっこに土をいれて、食べられる野菜の種蒔きもして、
「愛でる庭」から「食べられる庭」がすこしずつ加わりつつあります。
家の横には葉もの野菜、玄関正面の広場は正方形に囲って、
茄子やトマト、ハーブも植えてコンパニオンプランツ実験中。
十勝千年の森のガーデンデザインを手がけた、
ダン・ピアソンが作った庭のようにしたいと思って手入れをはじめたはずが、
なかなかそんな風にシャレた庭にはならず(なりようがなく)、
バラのよこにキュウリ、あじさいのよこにキャベツ、、とか
どんどんおかしなビジュアルになってきていますが。
しかしまあ、ポンコツ家庭内実験を繰り返して、
小さな自給を積み上げよう!という目標にまた1歩近づいてきた気もします。
だから、やっぱりここに越して来てよかった、ということにしておきます。

お天気のよい朝、庭仕事をしていると、
もともとこの家に住んでいたおばあちゃん(大家さんのお母さん)が植えたのであろう
チューリップや水仙の球根が土の中からごろごろ出て来たりして、
見えない文通をしているようで、ちょっと面白い。
おばあちゃんは花が好きで、庭仕事も大好きだったようなので、
我らが作っている庭を見たらどう思うだろうなあ、、
チューリップや水仙が、トマトやきゅうりに変わっちゃってとほほと思っているかしら、
なんて考えながらもやんややんやとにぎやかな庭に今日も水を撒く。
おばあちゃんが大事にしてきた庭、
我らが代わって、楽しんで愛したいと思います。






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2013.05.03 Friday
雨ちゃん


ごぶさたしています。
いったい、いつぶりの更新か。

GWのエゾは雨。あーあ。
しかし、家の中でねっちりもっさりしていても仕方ない、
子連れは外だ!と郊外にある、さとらんどという施設へ。
ロケーションはモエレ沼公園(イサムノグチがグランドデザインしたあれですよ)の真横!
埋め立てた沼地とタマネギ畑の中のなかにぽっかりとある穴場スポット。
都市と農業をつなぐ、田園テーマパーク、なんだそうで。
基本的に晴れた日に来るのが一般的なのでしょう、ほぼ貸し切り状態でした。
広大すぎる駐車場にはdrop家の車だけがぽつねん、と。

しかし、階段が好きな娘は雨にも臆せずラベンダー畑の階段を
もくもくと上り下りし、好物のおにぎりと具沢山のみそ汁を平らげ、
これまた大好きなSLバスという乗り物に乗ってご満悦。
子どもにとっては、雨は天敵ではないのかな。
晴れは晴れの楽しみを、雨には雨の楽しみを、ってところでしょうか。
なんだかんだと、娘のテンションに巻き込まれ、
親のほうも新鮮野菜や畑用の苗もの、種芋などを手に入れられて結果満足な休日でした。

うーん、しかし。
今年のエゾのこの寒さ、この雨続き、
今年はいったいいつ畑をはじめられるのやら。




2013.03.30 Saturday
春じたく。







今年のエゾは、ほんとうにほんとうに冬が長い。
冬が終わる気がしない、、。
3月下旬現在ですら、
春って、やってくるのかしら、という疑いの気持ちでいっぱい。
せっかく、美しい自然と適度な都会を絶妙に持ち合わせている、
この街の良さまで、ちょっと忘れそうです。
なので、去年の夏の写真等を見て「春は来るはずだ!」と自分たちを励ます。
(我ながら、そこまでしているのがかわいそうにもなってきますが)

ちなみに我が家は海派でも山派でもなく、みずうみ派です。
北海道にはみずうみが多いのです。それもこの土地のすきなポイント。
北海道の春は、美しい。夏はもっともっと美しい。
秋は秋の色の美しさも。もちろん冬も綺麗だけれど(さすがに飽きました)。
長いこと冬に閉じ込められるからこそ、光に溢れる季節が恋しくなるのだなあ。

道産子の「何が何でも夏を謳歌してやる」という気合いというのか、
夏を楽しみ切るための計画性をすごい県民性だ!と他人事のように思ってきたけれど、
久しぶりに、北国ならではの冬の長さを経験すると、わかる〜!!!と思うことしきり。
ここまで冬が長いと、冬以外を目一杯楽しむことに真剣になろうというものです。
かくいう我が家も、春夏秋の季節をたっぷり楽しむべく、
遅ればせながら「春したく」をはじめています。むふふ。

目の前に広がる景色も暮らしも楽しみたいし、
旅にもどんどん出たい。
切り取る「目」が違えば、見える世界もきっと違う。
春にそなえて、冬に閉じ込められていた「目」もキュキュキュと磨き中です。
2013.03.15 Friday
いまさら、の。


長いこと、ものすご〜く古い携帯を意地で使ってきたのだが、
さすがにへっぽこぶりが半端なく
google mapすらまともに起動しない携帯を出張時とか緊急時にも
イライラ使い続けなくてはいけないってもう無理!と思い立ち、
iphone4Sに機種変更完了。
5はまだいいや、ということで1こ前です。

PCを持ちはじめた10年以上前からアップルヘビーユーザーだったので、
みんながこぞってiphoneに代替えしはじめた時にも
「わしも変えようかしら」と一度は思った。が、踏みとどまった。
何故ならば、愛猫を飼っていたから。
そして、猫が去った(死んだ)あと、妊娠したから。
これ以上大量の電磁波を浴びたくなかった&浴びせたくなかったので断念したのでした。

今でこそ、電磁波の比吸収率SARデータ表記が義務づけられているけれども、
iphoneの初期バーションの電磁波は相当なものだったはず。
新世代に移り変わって来て、あいおーえす(ios)が高くなるにつれ、
放つ電磁波も下がってきたという話なので、思い切ってみたのだけれど、
それでもまだアップル製品のSARの高さは気になるので、ポングケースとやらを注文。
これは普通の携帯保護用ケースではなく電磁波がカットされて、
かつ充電の持ちもよくなるというエラい子らしいので、どんどんカットしたれ!と。
ちなみに、携帯本体の意匠が酷すぎて少しも心が揺れませんでしたが、
ウィ◯コムが一番低電磁波なんですってよ。こどもにもやさしい携帯、だそうです。

一般のご家庭ならば、というかここまで電磁波の海を泳ぐこの世では、
さほど気にしてられないことなのかもしれないけれど、
我が家はデザインの仕事を生業にしていて、手を動かすのと同時に
PCやらスマホ、なんちゃら端末とがっぷり向き合う時間も非常に多い。
アップルの思うつぼ、というくらいアップル製品まみれだし、
電磁波ノイローゼになってもおかしくないくらい浴びまくりなので、
ちょっとは気をつけておこうと、という訳です。

しかし、自分ちの娘を見ていてよく思うのだけれど、
生まれた時からスマートフォン、、つまり持ち歩けるPCがあるって、
どんな感覚なのだろうな。
自分用にいれた唯一のアプリも、すっかり娘のほうが気に入って、
どんどんいい音を作って楽しんでいてびっくり。
ブライアン・イーノがてがけたBloom(音あそびできるアプリ)、
きもちよい音を自分で作って、流して、聴けるのが楽しい。おすすめです。
2013.03.11 Monday
ゼロ地点より。



「あの日」から、2年。
甚大な被害に遭われ命を落とした方たちへ黙祷と祈りを捧げながら、
いろいろなことを想う1日。
別に今日に限ったことではなく、この2年の間、
ふとした時に気持ちはあの日に戻って、ずっと考え続けてきた気がします。
あの日から何が変わったんだろうか、そして何が変わっていないんだろうか、と。

強制終了ボタンを一方的に押されたような、
破壊的、超然的な力で世界が一変した事実に対し、
でも世界や環境が刻々と大きく変わっているのに、
はじめて皆が気づき明らかになった発見もたくさんあるのに、
ニンゲンだけはなんだか変わらず愚かなままで
(復興活動に対してではなく主に原発やエネルギー問題、情報隠蔽、政治に関して)、
全然代わり映えしない。なんで?そろそろ止めないか?このルーティン。
と思うし、立場や環境の違いから来る意識の差もますます広がっている気もする。
それに対して、じゃあ何ができるのかと問い続けているけれど、
結局、考え続けることをやめないことと、
自分たちが手にしている光とあたらしい智恵を大事に大事にして、
現実を諦めないでやっていくくらいしか、ない。
きれいごとのようだけれど、ほんとうにそれしかない、と思う。
暗いことや置き去りにされていることが山ほどあって、
取り返しのつかないことも今だ続行している。
だからこそ、なかったことにしないで、
でこぼこ立ち直って行く姿を世界中にさらしていく、
というのがこの国に住み続けながらできることのひとつじゃないだろうか。
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